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生まれた以上、子供は産みたい、育てたい。                                                           でも仕事や今の生活を考えると無理。                                                                             そんなあなたに協力したい。                                                                                                                                                                        この提案、受けますか?                                                                                                                                                                        子供を欲しい。子どもがほしい。                                                                              あなたの夢、叶えたい。                                                                            子供を産みたい女性向けブログ
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HAPPY HAPPY HAPPY HAPPY HAPPY HAPPY HAPPY
諦めなければ失敗ではない。
何事も諦めずに続けているうちは失敗ではない。
途中で投げ出した者だけが失敗した者となる。

子供が産みたいのに、
何もせずにその可能な期間を過ぎてしまえば、
あなたが子供を産みたかったので有れば失敗したことになる。

可能性があるのに諦める人は、
出来ないことの理由を考えつくことが得意だ。

逆に考えれば
その理由をつぶせば成功するにも関わらず、
その努力をせずに
自分と心と他人を
口先で何とか丸め込もうと努力する。

よせばいいのに、
それらのことをネタに愚痴までこぼすのである。
本人の心とそれを聞く人は良い迷惑だろう。

ここではクローンの話は
とりあえず、
横に置いておこう。

女性は産みたいのに
諸般の事情でタイムリミットまでに間に合わない場合は、
卵子を冷凍保存などしておけば、
閉経後も出産の機会は得られる可能性がある。

しかし、種々のリスクを考えると、
閉経前、出来るだけ若いうちに産んでおく方が
良いに決まっている。

仕事の都合とか、
理想の相手がいないとか、
家庭の事情とか言い訳を考えている間に、
期限は過ぎてしまうかも知れない。

私の申し出も一考してみては?

と、言うのがこの稿の主旨だ。

具体的条件で折り合いが付かないときに
言い訳を考えればいい。

私の主夫歴は
切迫流産で妊娠2ヶ月から寝たきりや入院の(元)妻を見ながら、
7ヶ月で早期破水未熟児出産で双子が生まれ、
そのうち一人は出産時の医療ミスによる酸欠で、
脳性麻痺の子とも向き合いながら、
小学校入学まで、
一日30分程度自分の仕事に時間を費やする以外は、
家事と子育てだけの7年間を過ごした。

母乳を出す以外の
母乳を飲ませることをはじめとする母親の仕事と
父親の仕事は全てこなした。

家族を支える収入も私が全て稼ぎ出した。
家族全員で年間に何回も国内各地に行き、
子供が二才からは毎年2-3週間海外にも出かけた。

娘たちが小学校3-4年になる頃には、
その母親は
例えば香港に買い物には行きたいが
彼女一人では行く勇気がないし、私も取り合わないので
娘に頼んで連れていって貰うほどになっていた。

私たちが飛行機や公共交通機関を利用するたびに、
その改善点を指摘することで、
乳幼児や障害者の利便性は
相当高まったはずだ。

当時、
乳幼児や障害者を連れて国内外を出歩く親はとても少なかったし、
公共機関施設の不備に対して指摘する親たちは皆無に近かった。

泣き寝入りしたり文句を言うのでなく、
具体的改善案を提示し、期限を切って成果を求める
のが私のやり方だった。

それ自体が子供たちへの教育の場でもあった。

あっ、
また一番鶏が鳴いてしまった。
明日は(日付が変わったので、今日は)
ダンスパーティーに招待されている。
(十時間踊りっぱなしになるだろう)
朝も早い。

お休み。
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HAPPY HAPPY HAPPY HAPPY HAPPY HAPPY HAPPY
 
大多数の国や地域で、子供に一生懸命詰め込み教育をする親が急増している。
子供は良い迷惑だ。
やれバイリンガルの子供を育てたい。
やれ数学の優秀な子を育てたい。
やれ、ピアノ、バイオリン、バレエ・・・・
数え上げればきりがないが、
子供をいじくり回して盆栽にでもする気なのだろうか?

私の子供の頃、塾へ行ける子は裕福な家しか行けなかった。
と言うか、
私の地域が田舎だったこともあるが、
多くの親たちは塾に行かそうなどとはほとんど考えなかった。

私はその親たちが正解だと子供ながらに思った。

「伸びきったゴム」
私が塾通いをする子等を見て感じることで
一番先に頭に浮かんだのがその言葉だ。

話は変わって、
世界中の歴史の中で、
自然から学んで偉業を成したい人は多いが、
きっちり教育されてトップレベルの某かを成した人はほとんどいないように思う。
確かに中堅レベルにはなった人は多いかもしれない。

しかし、
私が見るにそれは教育のせいと言うよりは、
それを受けさせられる親の地位や財力の賜で、
子供に実力があったとは言い難い。

もちろん人は多様だから、
中には色々いる。

例えば小室哲也(文字不詳につきごめん)などは、
伝え聞くところによると、
インドア派で、コーラやハンバーガーなどを食べると言うから、
私の分類からは例外に当たるだろう。

私の尊敬するレオナルド・ダ・ビンチは
自然の中で育った。
彼の絵を見ていると今で言う微速度撮影の画像を切り取ったようなモノがある。
微速度撮影とは、皆さんもご存じだろうが、
超高速で回して撮影したカメラの映像を普通の速度で映す。
すると、
例えば、弾丸が、コップに当たる瞬間からどのようにガラスを壊して進んでいくかが分かる。
と言うようなモノである。

レオナルド・ダ・ビンチの描く滝の絵などには、
普通の人間には線にしか見えないような水の動きが、
空中にとどまる水滴の集まりとして描かれていたりする。

多分王選手が絶好調の時、
「野球の球が止まって見える」
と言っていたようなことが起こっていたのだろう。

子供の芽を、
天才である彼らの芽を如何に摘まないか、
そのためにはどちらかというと田舎の方がよいと私は思う。

かといって、都会に絶対連れていかないか?
そんな事はない。
人も社会もある意味では自然からの派生物
人生に無駄な体験はない。

私は世界中どこでもつれ歩くつもりだ。

私は母親役もできるが、
父親である私には、
「致命的でないリスクや危険には会わせてみる」
ことが出来る。

母親と父親の違いは、
子供を信じられる部分が少し違うのだろうと思う。

私は自分の親の子育てを見ながら、
或いは世間や歴史上の他の親と比較しながら、
親の子に対する関わり方を学んできた。

うまくいけばそれに越したことはないが、
人類はこの100年を生き延びられないかも知れない危機に瀕している。
と私は見ている。
私は臆病なのだ。

多くの子供たちには
そこを見事に生き延びられる人間に育って欲しい。

しかし
私から見れば脳天気な多くの人たちは、
一階は火事なのに3階で大宴会をやっている。

多くの親が火事を知ってか知らずか、
算段があってか諦めてか
宴会芸が出来るような子供を育てようとしている。

もちろん、火事は3階まで来る前に収まるかも知れない。
その場合は彼らが効率よく、
次の主役になれる。

人類は幸か不幸か、
子孫を残さないことも選択できるようになった。
種として存続できないことを決められる力まで持ってしまったのだ。

有機農業は目に見える生物から見えない生物まで
多くの階層の生物とつき合う。

栄養や餌が豊富すぎると、
肥え太り
病気になったり、外敵に襲われたりする。

しかしほとんどが外部の敵だ。

人類は、他の生物にない
自己保存本能の放棄や
種保存本能の放棄をする。

外部の敵がいなくなったせいで、
自らの内部に敵を作らなければ存在を感じられなくなった。

おとっと。
拡散してしまったな。
一番鶏も鳴いたことだし、
寝ることにしよう。


HAPPY HAPPY HAPPY HAPPY HAPPY HAPPY HAPPY
 
子供は産まれたときは天才ですが、
その親や周りの環境がどんどんその芽を摘んでいくと考えています。

私は前の妻と母乳育児の会を主催したことがありました。
その中で多くの親が
「子供の芽を摘むことに勤しんでいる」
ことを目の中たりにしました。

科学的データもあります。
胎児の後半から生後一年以内ぐらいまでは、
例えば日本人の子供でも、
赤ん坊はあらゆる言語の発音の違いを聞き分けます。
そのため通常の日本人に苦手な、
「L」と「R」も聞き分けられるのです。

しかし、
「L」のような特異な発音が
日常生活にほとんどないことを知った子供は
本能的に、「L」を無視するようになります。
その方が脳を他のことに使えて効率が良いとも言えるからです。

言い換えれば、
それはある意味大人への第一歩です。
多くの可能性のある能力を捨てて、
現実に対応するようになるのです。

一方私の子供時代に遡ります。
私は小学校時代ペーパーテストで100点以外を取ったことがほとんどありませんでした。
正規の授業時間は他の子より少なかった
(練習問題や試験などが終われば早く外に出て遊んで良いという授業方針でした。
その時成績が私に次いで良くてかわいい娘が二人私より少し後で出てくるのです。
私は彼女らと遊ぶのが好きでした。
ですから早いときは授業が始まって10分程度で外に出ていました。)
ですし、
放課後も宿題以外をしたこともなく
ましてや塾などには行っていませんでした。
先生や他の父兄も誉めてくれますし親は喜んでいました。

しかしそこからが問題でした。
私は何も悪いことをしてないのに、
私が出す結果は他の子を少なからず傷つけていました。

他の子の親は私と彼らを比べるのです。
そのこと自体も良いこととは思えませんが、
さらに悪いことには
他の親はその子に、或いは私の親も兄弟に
勉強しろと圧力を加えるのです。
その圧力の加え方がイヤでした。

私は大きく傷つき続けました。

適切な方法論の提示もないまま圧力だけかけることは
親の責任放棄でした。

そのことがイヤで、そこから逃れるために私は
自分の能力や成果に制限を加えるようになりました。
これら二つは
その当時の親の育て方の一部は間違っていると私に教えました。

私の周りの環境はその当時の親たちが意図しないにしても、
私に全力を出させない環境を作ってしまったのです。

その反省に立って、
私は私の最初の子供たちには、
出来うる限りその能力の芽を摘まない環境を提供しようと考えました。

二卵性双生児だった娘の一人は
私の知る範囲では
小学校を通じて五科目でもスポーツでも、
同じ学年内で男女とも右に出るものはいませんでした。

7ヶ月の早期破水により
超未熟児で、1123グラムでこの世に出てきて、
1/32の確率で生き残った子供とは思えない成長ぶリでした。

しかし母親に問題がありました。
彼女は子離れできなかったのです。


HAPPY HAPPY HAPPY HAPPY HAPPY HAPPY HAPPY
 
国や生活が経済的に豊かになると、
1 人生に対する恋愛の位置づけが変化し、
2 恋愛のj結果が結婚という考えや鼓動から距離が置かれ、
3 結婚する年齢が上がる晩婚化が起こり、
4 結婚生活での子供を持つことが慎重に検討されるようになり、
4-1 生活の経済的質、あるいは家族より個人の生活を重視して、子供の数が制限され、
4-2 その選択の一つに子供を持たないと言う結論が生まれ、
5 あるいは生物学的理由から希望や欲求に反して、
産める子供の数が減り、又は子供を産む機会を失い、
6 結婚という価値観や制度から距離を置く人が増えます。

これらのことは細かく書けばおそらく何百頁にもなります。
だから機会があれば書きますが、
今回は、
このブログに直接関係しそうな女性を挙げてみます。

10 生物学的に、
11 自分の(所有権がある)卵子を持っている。あるいは持てる可能性がある。
12 健全な子宮を持っている、あるいは確保できる。
このどちらかは前提条件でです。

20 本人の気持ちとしては
子供を持ちたい、あるいは産みたいのに、
何らかの理由で、
21 子供を作るパートナーを確保できない。
22 パートナーに生殖能力がない。
23 パートナーや家族などがら子供を作る合意又は協力が得られない。
24 赤ん坊を産むことは出来るが育てることは出来ない。
25 産んでも育てる環境確保が出来ない。
26 産んでも育てる自信がない。

と言うような方々です。
もちろん、社会は多様ですので、
上に挙げた条件以外でも関係者と思う方を拒む理由は今のところ有りません。

次回は、
あなたの子供を育てるのに
私にどの様な関わり方があるのか
を述べたいと思います。
 


HAPPY HAPPY HAPPY HAPPY HAPPY HAPPY HAPPY
 
女に生まれた以上子供を産んでみたい。
多くの女性が口にし、
実際に産む人もいます。

実際に産めた人は、
それまでの経緯や
その後の経緯が
幸であれ不幸であれ、

子供を産む
と言う貴重な体験は出来た事に関しては
幸運だった
と言っていいでしょう。

では残りの女性は不幸か?

私にはそんな事は分かりませんが、
産む能力のない男からすれば、

なんとも、
もったいないことを

と思ってしまいます。
持てる能力を使わないのは
ある意味贅沢であり、
ある意味宝の持ち腐れでしょう。

あらゆる生物が
何とか自分の子孫を残そうと
汲々としている事からすると、

特異な行動といえなくもありません。

ただ問題は、
女性たちが子供を欲しくなくて、
或いは産みたくなくて
そうしているかどうかです。

本心から
子供を欲しくないとか
産みたくないと
望んでいるので有れば、
それは誰かが文句を言う筋合いのことでもありません。

あなたがソウなら、
このブログに来る必要もありません。
もっと有意義な時間を使って頂きたいと思います。

私が対話したいのは、
色々の現実問題との狭間で、

子供を産みたい、
子供を欲しい。

と思いながら、
実行に移せない女性たちです。

私の提案は

あなたが
産むことさえすれば、
後は私が責任を持って引き受けましょう。

あなたは一生
その子と合わなくても良いですし、
定期的に或いは不定期に合うこともできます。
母親と名乗っても良いですし、名乗らなくても何ら問題はありません。

あらゆる選択枝を排除しないようにしたい。

と言うものです。
 


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